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2019-11-16

山口智子|ラジオ・全文|RADIO SWITCH「私もまだ54年ですから」

realsound.jp

カルチャーマガジン『SWITCH』、旅の雑誌『Coyote』、新しい文芸誌、『MONKEY』の3つの雑誌と緩やかに連動していくラジオ番組『RADIO SWITCH』(2019年11月9日放送)に、旅する女優、山口智子さんが出演しました。

“旅のおもしろさ”を教えてくれたこと、
“音楽、音”から世界を再発見する旅の面白さに目覚めたこと、
そしてその旅を何年も続けていること。
女優として、プロデューサーとして活躍する彼女にとって
旅とは一体、どんな存在なのか。
雑誌『coyote』編集長・新井敏記さんを聞き手として語られた内容をご紹介します。

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山口智子が旅雑誌『coyote』に贈った言葉

創刊10周年を迎えた旅の雑誌『coyote』に、100名の表現者たちがそれぞれの言葉を贈った中に、山口智子さんの名前も。

『わたしは、Coyoteという雑誌と出会った。今私は、旅から旅への日々を送っているが、旅の面白さを教えてくれたのは、Coyoteだった。

 

わたしは、音楽、音から世界を再発見する面白さに目覚め、その旅を何年も続けている。そのようなきっかけは、Coyoteと旅したニュージーランドであり、星野道夫に思いを馳せるアラスカであった。

旅の面白さとは実は、ずっと知っていたこと、毎日見ていたものや風景への感動、喜びを改めて知ること。旅とは、いろんなことの再発見であり、その旅が終わっても日々募っている感情である。』

“体感”って言葉が好きなんですよね」

新井:こんばんは。今日は山口智子さんをお迎えしました。

山口:よろしくお願いします。

新井:山口智子さんはもちろん女優としても有名ですが、僕にとっては旅人・山口智子であったり、プロデューサー・山口智子であったり、いろんな角度が山口さんの世界にはあって、旅をご一緒したりして、すごく興味があります。

山口:新井さんとはたくさん旅をしましたよね。今、LISTEN.というプロジェクトを10年続けてるんですけど、その最初の頃からLISTEN.を取り上げてくださって、旅の色々な雑誌を作ってくださったり。ニュージーランドも行かせていただきましたよね。

switch-store.net

新井:15年くらい前に星野道夫さんの旅にご一緒させてもらって、そこでイベントをさせてもらったときに山口さんに出てもらって、朗読をしていただいたんですけど、山口さんはその前にアラスカを知りたいと言って、一人でぽっとアラスカに行かれて、アラスカの凍えるような寒さの中…

山口:船に乗って延々と進む旅をしましたね、アラスカで。笑

星野道夫(1952-1996年)は、写真家、探検家、詩人で、アラスカに関する写真集やエッセイ集や絵本を出版していた。

新井:その感覚を私はすごいと思いましたね。例えば、何かを朗読することや憑依することは可能だと思うんですけど、体で皮膚感覚でアラスカを自分の中に取り込もうというのはなかなかお目にかかったったことがないので、その話を聞いた時、すごいと思いました。

山口:もう、思い立ったら吉日ですからね。思ったら行くしかないですよね。

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新井:そのおかげで星野道夫の文章はやっぱり寒さっていうのを感じて、その朗読というものはまたとないものだったんで、ものすごい感動した覚えがありますね。

山口:そうですね、星野さんの世界も新井さんが教えてくださったから。

新井:思えば、山口さんは、体で考えるというか、頭ではなく体で何かぶつかっていくっていう気がします。

山口:“体感”って言葉が好きなんですよね、とても。ブルース・リーの言葉で言えば、「Don’t think,just feel!」ですよね。笑 細胞自体とか頭の思考、脳みそで思考することではない、細胞とか心の内部とか魂とかが実は知ってる答えというものをとても信じているので。

まずそういう内なる自分の中のこの魂や細胞の声に耳を傾けるっていうのは、毎日忠実に耳を傾けようと思って生きてます。

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山口智子の幼少時代から女優になるまで

新井:何か少女時代のエピソードがあるんですか?

山口:もともとくそまじめすぎるんですよね。頭で色々本来は考えすぎる、頭で空回りして疲れ切ってぐったりするタイプの人間なんですよ。子供の頃も悩んで悩んで引きこもって。

でもある日それが突然、やっぱり子供時代そうやって過ごしてきて、20歳近くになって、疲れ切ったんでしょうね。笑 それで、ふっきれたんですね。もう考えるのやめようって日が来まして。

もう“体感”とか感じることの方に重きを置いて人生行ってみようかなっと思ったら、全てが好転しだしたというか。

 

とっても人生いい方向へと導いてくれるようになったという意識が、結果としてね、そう体感することが多くなったので、そう信じるようになりました。

新井:それは故郷を捨てるとか、家を捨てるとか、何かターニングポイントはあったんですか?

山口:「故郷を捨てる」っておっしゃいましたね、いま。笑 そうなんです、私は本当に田舎から飛び出したくて、出たくて出たくて仕方がない人間だったので。

でもこう、家業をやってたので、家に帰って家業を継がなければいけないという宿命の元に、自分の人生はそういうもんだ、と思いながら20歳ぐらいまで自分の夢を押し殺しながら生きてきて。

それが東京に、「短大だから、たった2年ですよ」って親を丸め込みながら。「ちょっと待ってね。たった2年だからね。」って言って、東京にきて、今度はモデルとかの仕事に声をかけてもらうようになって。

「モデルなんて年取ってからできないから、ちょっとだけ待ってね」って執行猶予的なものをもらって、東京にいる理由を長く作っているうちに、朝ドラというドラマのオーディションをたまたまいただきまして、行ってみたら、オーディションに通してもらって今に至ってるという不思議な。

新井:奇しくも受かった役が旅館の女将の役。

山口:いやいや継がなきゃいけなかったのが、旅館の女将だったんですよ。不思議ですよね。あんなに嫌がっていた旅館の女将の役として選んでいただいて、それをやることで親とか家族もちょっとずつ納得してくれて、応援してくれるようになったという不思議な道なんですよね。

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山口智子の『なつぞら』での役作り

新井:今年なつぞらに山口さん出た時感動しました。主役を差し置いて、不思議な光を放っていた。それがなぜかというと、昭和30年代を生きるっていうこと、あの時代を生きる人物を唯一体現してるのが岸川亜矢美さんだと思っていました。

ふと『カルメン故郷に帰る』(1951)の高峰秀子さんを想い出したんですよ。故郷にストリッパーとして松本に帰って、最初はウェルカムなんだけど、いろんな事情が生まれて阻害されていくっていう、ものすごい素晴らしい映画。

踊るっていうことと歌うっていうことに一生をかけた、吉川っていう役を山口さんが演じるということに、“女優の随意”っていうものを見るような思いでした。

山口:涙が出るほど嬉しい。。

新井:僕は勝手に秀子さんと山口さんを重ねてた。

山口:実際、撮影に入る前に、『カルメン故郷に帰る』の映画を何度もみました。日本初の天然色(カラー映画)、素晴らしいスケールでダイナミックで色鮮やかな世界に迷い込んで行けて。

それでね、ちょっと笑えるんですよね。高峰さんが演じる、コメディエンヌでありながら…。それでやっぱり歌うこと、踊ること、それが命を輝かせること、生きる力になることに繋がっている。

時代もそうだし、毎日どんだけ辛いことがあっても一歩進むんだっていう、重なるあの時代の勢いというか、覚悟というものも感じたし、それでも天然色という夢を描きながら、突き進むぞっていう日本国民の覚悟というか、パワーを感じたし、そういうものが今回描くにあたって、何か出せるといいなって思いました。

新井:それは、誰かに言われたわけじゃなくて、山口さんが自ら学ぼうと思ったんですか。

山口:朝ドラのテーマとなる時代の日本の映画をみまくって、その中でもみていなかったので。今更勉強不足なんですけど、初めて本当に高峰さんの魅力に出会って。

特にカルメンは最近私もフラメンコという3年ほど前に再び学ぶことを始めて、フラメンコに対する興味も盛り上がっていたので、“カルメン”という言葉に惹かれて、観てみようと思って観てみたんですけど。

まぁ岸川亜矢美という役も毎日色とりどり、色を楽しむ、おしゃれを楽しみ、一刻一刻を無駄にしない、楽しむことにも力を注ぎ切る覚悟をして生きる。おでん屋のカウンターでさえも元踊り子としての舞台と同じであるという覚悟であることを考えてやっていましたね。

新井:ふらっとどこかに言ってしまいそうな雰囲気が山口さんの実像と重なる部分もありました。いつまた旅に出るだろう、とか。

山口:ドラマの最後に、風天の亜矢美になって、姿をくらましました。笑 “風”っていうのは、ひとつのテーマで、風を起こす、というかそういう気持ちでカウンターに立つときは、毎日おでん屋にいて移動はしてないんですけど、

心の中のノマド感というか、風を起こしていこうっていうのは、おでん屋にやってくる人とそういう気持ちを共有できたらいいなと。

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山口智子が語る向田邦子の存在

新井:向田邦子さんの『恋文』に出演された際の、演出家・久世光彦さん(1935-2006)との記録に残るやりとりはあったんですか?

山口:向田さんの存在がほんとに偉大だっかたら。偉大っていうか何だろう。作品を全部読ませていただいて、作品自体も素敵だし、向田さん自身の存在、あの美しさとか神々しさとか女性が憧れる女性、でしょ?

知的でありながらどこかおっちょこちょいで、それをまた面白いネタにしながら、そしてなんか自分の作ったドラマとか物語を作るんだけど…、例えば父と子の話、家族の話を作るんだけど、それをまたことごとくぶち壊しながら、いつも先に進んでるんですよね。

向田さんの面白さって。なんか“大人の性”っていうものをあえて父のこう浮気の場面とかね。大人になってからの“性”をあえてとりあげるとか。テレビ界の中で相当チャレンジのぶち壊す球を投げ続けた人なんですよね。

だからその部分のチャレンジ精神、それがテレビ界というものをあの時代引っ張った、あのホームドラマを淡々とやってたっていうだけじゃない。常にチャレンジしながら、自分で作った世界をぶち壊しながら次に進んでたってのが向田さんのイメージとしてかっこよさ、憧れるところだったので、そういうことをよく久世さんとは話しながらやりました。

新井:2012年震災の後、山口さんは向田さんの旅をされましたね。九州・鹿児島に行ったり。こういうトレースの仕方があるんだと思って。向田さんとは会えなかったけど、文章の中で旅をするっていう、ある意味で山口さんの旅をする上で大切なところを知ったような気がします。

山口:いろんな作品の大好きな部分を選んで、ゆかりの地に立った時に、その部分を読みながら、旅したんですよね。

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新井:ずっとそういう形で旅していますよね。実証的に考えていく旅の仕方っていうのはすごく大切だなと感じました。

山口:残された言葉を辿っていく旅ってすごく面白いんですよね。向田さんだけじゃなく、私もいろんなアーティスト、例えばゴッホだったりロダンだったり、レオナルド・ダビンチ、北斎だったり、いろんなもののドキュメンタリー、そういう方達の道のりを辿っていく旅で、必ずその人たちが残している手記とか日記とかを読むんですよ。

そうすると、面白いんですよ。あんな天才で.ですごい人なのに、「まだまだ自分は何も知らない」って書き残して、そういうちょっと弱虫な、泣きべそかいて弱音を履いてるようなダイアリーとかをね、読みながら、またその人の世界に入っていくと、人間としての葛藤とかね、悩みとか私たちとおんなじ感覚てへこたれたりしながらそれでいて世界が憧れる存在で一流のアーティストになっていったっていう道のりを辿っていくという気をもらうんです。

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山口智子が知らない国の“音”を伝える理由

新井:LISTEN.の前にLetters と言って、知らない国の音楽を伝えるという役割がものすごい見事だなと思いました。

山口:自分が知りたくてたまんないんですよ。だって、何も知らないんだもん。あのレオナルド・ダビンチでさえ、自分は何も知らないと言い続けながら、人生終わったわけですし。

ダビンチの言葉で一番好きなのは、『世界を知っていけば知っていくほど世界への愛が深まる』っていう素敵な言葉が日記に残されていて。

『知れば知るほど、この自分の生きてる世界、地球への愛が深くなってたまらない。』って言葉残してるんですよね。

だからもう、同じ気持ちですよね。知っていけば知っていくほど、この地球に生まれてきてありがとう。こんなに素敵な地球、まだまだ知っていかなきゃいけないこと感動とか素敵なことに溢れてるんだっていう想いに駆り立てられ続けるんですよね。

新井:LISTEN.のネパール・ギリシャ編を見て、放浪詩人の音楽の豊かさに感動しました。

山口:よかったぁ。。私も初めて知りましたよ。ネパールだって初めて行った国だし、そこにあぁやって旅をしながら、人と人、“言付け”っていうんですか。

遠く離れた家族へのメッセージ、戦に出て帰れない故郷へのメッセージ、その時々のニュースであったり、いろんなことをとにかく音楽、弦楽器をつかいながら、歌って旅をしながらいろんな情報を伝え歩いている人たちを取り上げさせていただいたんですけど。

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まだまだ知らないことだらけですよ。私はそんなに学者でも何でもないですし、究極の素人ですから音楽に対しては。だからこそ、体感していく面白さで攻めるしかないですよね。

新井:なぜ音だったんですか? 

山口:だって、音には壁がないもの。軽々と、越えていけるでしょ。どんな国境とか壁が立ちはだかろうが。そして、音と音はそこに結びつき合った証が残されている。それを聞いて読み解く。聞き解くっていうんですか。

 

歴史の勉強を本を読んでするよりも、その音楽とか歌い継がれた音楽をきいて、そこに潜んでいるリズムだったり騎馬民族の音だったり、海を越えてきたきた人たちのどんぶらこどんぶらこという波の音だったり、そういう音の中に潜んでいる、行き交った証、ここの文化とここの文化が出会った歴史を聞き解いていくことが面白くて。

だから私も遠くへ旅をすればするほど、自分にとっての故郷の懐かしさを感じたり、やっぱり日本という島国が昔壮大な旅をして、モンゴロイドがずっと上に旅をして渡って南米の端まで渡って行ったっていうこの道のりを音から聞くことができるっていう、そういうことを現地で立ってみたり、音を聞いてみると見えてきてとっても面白いんですよ。

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LISTEN.のテーマ“タイムカプセル”

新井:悠久のゆっくりと自然が刻む音というものをいつも伝えてくれている気がします。

山口:LISTEN.のもうひとつのテーマが、タイムカプセルなんですよね。必ず登場する方に同じ質問を投げかけて、「あなたが100年後1000年後に残したいタイムカプセルに入れたいものは何ですか」っていうクエスチョンをし続けているんですけど、そうするとね、面白い答えがたくさん返ってくるんですよ。

それをね、今一つにまとめて、LISTEN.続けてきたエピソードを映画版にして、今75分版の映画を作って、そういうみんなの答えを交えながら、音楽も世界各国のいいとこどりで作ってるんですけど、でもその音に同じようになんかこう、いにしえのね、100年前、1000年前の思いがふっと今に立ち現れるじゃないですか。

だって、言葉で聞き伝えられてきたものが、100年前のことが今ここに現れる奇跡ですよね。だから不思議なタイムカプセル。だから今出会って、この映像の中に閉じ込めさせていただいた音楽が、またこれが100年後200年後1000年後、ふわっと立ち現れるであろう、その不思議な奇跡を信じながら作ってるんですけど。

だから地球規模というより宇宙に対して…昔ありましたよね。ボイジャーに世界の色々なうたとか面白いものを詰め込んでそのレコード盤を乗せて、宇宙の彼方に送り出した。

その気持ちでLISTEN.も今自慢したい今を閉じ込めたタイムカプセルを50年後100年後1000年後に開けてくださってもいいし、もしこれが宇宙の方がもし目にする機会があったら笑、地球の今の瞬間…だって星を見上げたら星の輝きは何万年前の輝きを今みてるわけですよね。なんかそれと同じ感覚が未来に起こったら面白いなと思って。

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山口智子が職人に教わったこと

新井:職人への取材もされていましたね。

山口:ものづくりの方に、教えていただいた本当にすてきな宝物は、時間がかかるものは時間をかけていいんだ。っていうことなんですよ。本気で良いものを作ろうと思ったら、明日明後日の答えだけじゃなくていいんですよね。

100年後200年後、それでも使われて愛され続けるものを作る気持ちがあるならば、ちゃんと材料を吟味し、時間をかけてものを作っていいんだっていうメッセージをいただいたので。

こういうテレビ界で生きてると、明日明後日の視聴率とか、1ヶ月後の結果ばっかりに追い立てられてしまいがちなんですが、職人さんを訪ね歩くと、みんなちゃんと一流の方達は…、

例えば桶職人さんだったらね、狂いのない水漏れのしない桶を作るには、5年10年材料となる木材を庭に放り出して、思い切り雨風に当てて暴れさせて、そのあとにちゃんと準備ができたその材料を使って組み合わせていくと狂いの出ない、孫の代まで使い続けられる桶がそこでできるんだって。

その準備も何もせずに、とりあえず明日明後日のためにっていうていで、使い続けていくとすぐ穴開いちゃうし、また買い換えなきゃいけないしって、そういうことになってしまうので。

そういう準備をちゃんと時間をかけていいんだって。ちょっと嬉しい安心感っていうかね。そういう覚悟で臨んでもいいだってことを教えていただいたので。

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山口智子の心のエキスは北斎の言葉

山口:私もものを作る立場でこういう仕事をさせていただくからには、そういう気持ちで作る部分もあっていいなってことで、LISTEN.をさせていただいてる。それが職人さんに教えていただいた北斎っていうことにも繋がるるんですけど。北斎も一種の職人さんだったでしょ。

その当時はアーティストっていう意識のカテゴリーが日本にはなかったから、全てが職人の仕事であり、北斎なんかは今でいうテレビ界とか雑誌界のような流行を作り出す、漫画を作り出す、流行り廃りの中で、日々追い立てながら流行を作って生きていた人であるんですが、

その北斎がだんだんこう自分が生きていく中で、75歳にして出した富嶽百景という作品があるんですけど、その中で宣言文を自分の言葉で書いてるんですよね。その時に、自分の勝負はこれからだ。75歳からであるっていう宣言文を出してる。

勇気湧くでしょ?6歳から絵を描き始めて、50歳ごろには色々やったんですけど、50歳ごろに東海道五十三次でもてはやされていた時代を過ごしながら、

75歳にして、やっと富嶽百景っていうそれもまぁ時代の流行のものを出してあるんだが、

自分としてはまだま努力を続けるので80歳90歳にしてはさらに絵に磨きがかかるだろうと。

このまま続けていけば、百歳か百何十歳になる頃にはきっとその描く絵にきっと神業のような命が宿るのではないだろうか。だから長寿の神様、お願いだから長生きさせてちょうだい。この言葉が嘘でないことを絶対に証明して見せるから見守ってくださいっていう宣言文を書いてるんです。

こういう言葉をいただいて、本当に自分の心のエキスというか栄養にさせていただいて、じゃあ私もまだ54年ですから、これからまだまだやらなきゃいけないという本当にそういう気持ちにさせていただいた。

富嶽百景のなかの宣言文です。(山口智子さんの朗読)

己六才より物の形状(かたち)を写(うつす)の癖(へき)ありて 半百の此(ころ)より数々(しばしば)画図(ぐゎず)を顕(あらは)すといえども
七十年前画(えが)く所は実に取るに足(たる)ものなし

七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚(ちやうじうちうぎよ)の骨格草木の出生を悟し得たり

故に八十六才にしては益々進み九十才にして猶其奥意(なおそのおうい)を極め 一百歳にして正に神妙ならん与欠(か)

百有(いう)十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん

願くば長寿の君子予言(よこと)の妄(まう)ならざるを見たまふべし

山口:意味わかります?笑 75歳にしてこれをびしっとぶちかまして、そしてこのかっこいい富嶽百景を描き切って、この時『画狂老人・卍』。

絵に狂ったただの老人、しかも卍ですよ。ものすごい覚悟でがんっと反抗して宣言してるんですよね。

新井:山口さんは雑誌のインタビューで「生きた花で生きたい。それが朽ち果てても萎れてても生きた花でありたい。」とおっしゃっていましたね。

山口:変化も含めて美しく表せる人間であり続けいたいですよね。

新井:それと同じような宣言ですよね。

新井:北斎は引っ越しも何十回繰り返していました。

山口:名前も変え、住居も変え、名前とか名誉に全然こだわらない、そこに属さず、風のような、風天の寅さんじゃないですけど、次から次へ形を変えながら、変化しながら、進化し続けて自分の目指すところは天のほく辰の星・北極星である。北極星信仰、真の星、一番輝く星に目指して、自分はそこを登り続けるんだという、覚悟を持って進んだ方ですよ。

なんかね、せめて生きてきた歳月が面白さや力となる、そんな生き方になるといいですね。

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山口智子の憧れ

新井:LISTEN.で取り上げているのは、特別な人たちではなくて、みんな市井の人たち。隣人の物語として、それを伝えてくれるというのは、大きいですよ。

山口:本当にその土地土地を訪れてその土地で本当に日々を全うに生きてきた人たちの美しさ、素敵さ、憧れますよね。こういう俳優とかしてると、もう汚れてるからいろんなことが。

本当の憧れはそういう土地でちゃんと根を張って、大地とちゃんと繋がって、すっと立って様になる普通の人々に憧れてるんですね。その方達に憧れて俳優としてあぁいう存在感や光を放てる人になりたいと思いながら追いかけ続けてるんですよ。

新井:伝えるという役割、山口智子の女優である種プロデューサーとしての役割、文章を書く人という役割を担っているじゃないですか。

山口:伝えるっていうとおこがましいんですけど、やっぱり知ってほしい。こんな面白いものをぜひ知らなきゃ損なので知っていただきたいし、でもやっぱりいいものって見せ方ってこう見えてこだわる

職人さんのものづくりを自分でお店をやらせていただいて、それを扱わせていただいて、自分の店に置かせていただいて、それを皆さんに手にとっていただいて、面白いっていう感動とともに持ち帰っていただきたいと思って自分の店を作ったことがあるんですけど、ものすごいこだわる。

いいものは光の当て方ひとつ、そこにある空気感もあり方一つ、素敵に見せたいんですよね。だからやってることおなじだなぁって思うんですけど。

※画像はイメージです。

職人さんのものを自分でライティング考えて、そこに不思議な空気感とあまり当てすぎない、でもちょっと影と一緒に見せたりとか、そういう感動大好きなんですよ。

感動と一緒に持ち帰っていただきたいから、同じことで、その土地の音楽もライティングや撮り方やシチュエーションや演奏してもらう場所も含めて、最高にかっこいいところで撮って、大好きな形でお届けしたくなっちゃうんですよね。だから、やることは同じ感じです。

 

新井:山口さんがタイムカプセルに入れるとしたら何を入れますか?

山口:もちろん、LISTEN.そのまま入れますね。だって、そのために…。これはタイムカプセルそのものだもの。

 

 

今回は、J-WAVE『RADIO SWITCH』に出演された山口智子さんおインタビュー内容をご紹介しました。

山口智子さんの話を聞いていると、旅をしたくなりますね。知らない世界を見て触れて感じたい。飛び出したい衝動にかられて、胸がわくわくしてきます。音楽をテーマにした旅というのも面白そうですね。

ご覧いただきありがとうございました。参考になることがあれば、幸いです。

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